魔法使之夜被移除的7.1章
その、二时间前の话―――
眠りに落ちて见る梦は、
たいてい、幼い顷の记忆だった。
イングランドの北西部。
深い雾に覆われたオークの森。
二十世纪にあっても人を寄せ付けない、鸟と獣たちの王国。
その一角に、彼女の生まれ育った家があった。
何代と続いてきた古い生き物。
伟大な、あるいは愚かな先祖の言いつけ通り、かたくなに纯洁を守り続けた、原初の魔女の末裔たち。
先代たちがどれほどの年月を重ねてきたのか、少女は正确に把握していない。
少女の母までは确かに伝わっていたが、少女には口伝でしか教えられなかった。
だから、彼女たちがその土地に根を下ろしてどれほどの年月が経っていたのか、知るものはもう谁もいない。
伝统はすっかり剥がれ落ちて、
角をいただいた白马も、
虹色にはばたく鸟も、
少女が生まれた时には影も形も见あたらなかった。
代わりにあるものと言えば、少女の家には不钓り合いな、近代的な家具の数々だった。
それらは森の空気にも少女の肌にも合わなかったが、决して不快なものではなかったと忆えている。
时代遅れの母と、
时代遅れの自分に赠られた记念品。
それらに爱情を抱いたのは、
一周间に一度、近くの都市[マンチェスター]からやってくる男性からの赠り物である事を、子供心に分かっていたからだろう。
……それも、今では失われた。
きらきら光る运転手付きの高级车[キャデラック]も、
お城のような花园[ガーデン]も、
たくさんの大人たちも、
雾のように消えてしまった。
あるいは、雾の中に消えてしまった。
幸せに満ちた母の笑颜も、
はにかむような父の笑颜もない。
そんなもの、初めから森が赦しはしなかったのだ。
……今はただ、疑问だけが残っている。
洋馆には不钓り合いだった数々の异物。
何ひとつ自分が望んだわけではない高级品。
ただ厌らしいだけの赠り物。
それを、あんなにも爱おしく触れていたのは、一体どんな気の迷いだったのか―――
「――――――」
闭じられた目盖がかすかに动く。
日が翳りだす前の午后。
少女は自分の耳ではなく、馆が闻き届けた音に反応して、うっすらと意识を起こした。
辛そうに目盖を押さえる少女を気遣ってか、鸣き声をあげる青い小鸟。
少女はぼんやりとした目で、
「……不思议ね。ずっと昔の、鸟の梦を见たわ」
薄れていく梦の内容[きおく]に缒るように、独り言を口にした。
;驹鸟意訳:“オレっスか、アリスさんオレのコトっスか! 梦にまでメロメロっスか!”
鸟と闻いて、我が事のようにはしゃぐ驹鸟。
「……安心して。ほとんど覚えていないけど、贵方じゃない事だけは确かだから。
それよりこの音、なに?」
肩[はね]を落としてがっかりする驹鸟に、少女は冷たい目のまま追及する。
……彼女が目を覚ました原因。
馆の裏庭の方から响く、耳障りな雑音について。
;驹鸟意訳:“あ、コレはアレっす。あのシャバ僧が森をハイカイしてる音ッス。ヤッパリ埋蔵金とか目当てっスかね?”
裏庭からの雑音がなんなのか熟知していた驹鸟は、胸を张って主人に报告する。
闻いて。少女の眠気は、今度こそ雾散した。
「…………そう。目障りなだけでなく、耳障りにまでさせてくれるのね、彼」
つまらなげに漏らした言叶は、魔女としての责务とはまた违う、いわれのない个人的な感情[いらだち]を含んでいた。
长らく使われていなかったポンプが、ギッコギッコと音を立てる。
久远寺邸の裏庭。
じき日没を迎える森には痩身の人影があった。
人影はきょろきょろと森を见渡しながら、草むらに埋もれたビニール袋や不法投弃された自転车を片付けたり、まれに、折れかかった木の枝などを补强したり、ひと思いに伐采などしていたりする。
「む、これはひどい」
おそらく洋馆に住んでいる人物、どちらかの手によるものだろう。
馆の物置に放置されたゴミ袋が野犬によってここまで运ばれ、无惨に食い散らかされていた。
彼は持参した竹箒を片手に、黙々とゴミを片づける。
「………………」
有珠は散歩中という体で、その人影に出くわした。
一月に一度あるかないかの森の散歩が今である理由は、あえて语るまでもない。
「静希君」
「こんにちは。今から外出?」
気軽に挨拶など返される。
有珠は努めて视线を冷たくして、森の様子を観察した。
「出かけないわ。そういう贵方は何を? 青子と一绪に帰ってくるものと思っていたけど、青子は?」
「苍崎ならまだ学校。こっちはバイトが早めに终わったんで、ここで暇を溃している。夕方になったら正门で苍崎と合流して、洋馆に戻るよ」
「……そう。でも、贵方が先に帰ってきている事を、青子には伝えてあるの?」
「あ」
しまった、と草十郎は不安げに言叶を切った。
“いい? 洋馆の正门前、五时だからね!”
その约束は当然守る気満々だった。
が、今にして思うと、それは“五时まで洋馆に入るな”というコトだったのかもしれない。
「……申し訳ない。苍崎には黙っていてくれると助かる」
「别に。青子との会话で、贵方の话题があがる事はないから気にしないで。
……それより何をしているの? 贵方と青子、今日から期末试験でしょう? 勉强、しなくていいの?」
「うん? 勉强ならちゃんとするよ。
寝る前にきちんと、二时间」
どうも、彼にはまだ“试験前は念入りに复习をする”知恵がないようだ。
その考えはこの数时间后に改められる事になるが、今はまだ先の话だ。
「それより森の荒れ具合が気になって。
この丘、どのくらいほったらかしだったんだ?」
「…………」
有珠は答えない。
彼女がこの土地に住みはじめて三年ほど経つが、口にする必要はない。
沈黙する有珠が気にならないのか、草十郎はひょいひょいとマイペースにゴミを拾っていく。
少女から见ると厚かましいコトこの上ない。
「―――贵方」
今すぐ消えて、と続きかねない声。
「あいたっ」
それを、间の抜けた声が押し止めた。
「いたた……なんか硬いの蹴ったぞ、今」
草十郎の足下には、锖びた金属の固まりが埋もれていた。
「鉄の……なんだろう、このギサギザ。危ないけど、これ闭じるのか?」
不思议そうに足下の危険物を観察する。
それが野生の獣の脚を捕らえる道具[ワナ]である事を、彼は知らないらしい。
「……虎挟みね。昔、この山には野犬が多くいたというから、その顷のものでしょう。
街の人たちが忘れていったのよ、きっと」
「野犬……これ、犬を捕まえる道具なのか?」
「ええ。踏みつけると、その口みたいなのがバネで闭じると闻いたわ。実际に稼働するところは见た事がないけれど」
「そうなのか。でもこんな见え见えの仕挂け、引っかかる动物がいるのかな」
素朴な疑问に、たしかに、と有珠は颔いた。
虎挟みなんてものを见たのは子供の时以来だが、彼女も前から妙に思っていたのだ。
有珠は獣たちの贤さを知っている。
なのにどうして、彼らはこんなあからさまな罠に食いつかれて、人间の手にかかってきたのか?
「…………食べ物とか、置くのかも」
つい、思いつきが声にでる。
が。有珠の敌意も、この少年にはまったく伝わらなかったようだ。
「……待って。たしかに森には手を入れていないけれど、嫌いな訳じゃない。爱情はそれなりにあるわ」
「それはヘンだ。なら、どうして放っておく」
「爱情はあっても爱着はないだけよ。……でも反省したわ。これからは森の手入れも日课にいれる。
けど、贵方だっておかしいでしょう?
この森のどこに、贵方が気に入るものがあるの?」
「おかしくはない。森はたいてい好きだし、この丘、ちょっと故郷の山に似ているし。
ほら。好きだった子にそっくりな子が困ってたら、なんとかしてあげようと思わないか?」
“なんというか、人间として”
などと缔めくくる草十郎。
その余计な一言は、有珠の心をかき乱すには十分だった。
「……纳得いかない。それだけで大切に扱うの?
本当はわたしへの当てつけなんでしょう?
だいたい、こんな森が好きなんておかしいわ。オークの木も根付かない、どこにでもある普通の森なのに」
「? 别にそれでいいじゃないか。
森は普通にあるだけでいいんだ。なにもおかしくない。きれいなものをきれいと思うのは、いい事だと思うんだが」
「……明确な理由もないのに? この世のすべての森が好きだっていうの? 贵方とこの森には何の因果関系もないわ。
文脉として、贵方がこの森を好きになる理由がない。
理由がないなら、それはわたしへの―――」
「? 好きってコトに理由は必要なのか?」
「え―――」
不思议なものを见るように少年は言った。
それは、爱情に理由はいらない、という意味ではなく。
理由のない感情[もの]はすべて嘘なのかと、问い返すような言叶だった。
……カッと沸き立っていた胸が冷めていく。
少女は声を荒らげた自分を耻じて、一歩、少年から身を引いた。
「――――――」
「………………」
気まずい沈黙。
有珠は何か、自分なりの矜持を示そうと言叶を探していた。
やりこめられたままでは立场が逆だ。
何しろここは自分の森、彼女の世界。
こんな、ただの人间に言い负かされたままでは魔女の沽券に関わると唇を噛んでいる。
「ところで。これは残しておく?」
一方。そんな彼女の戦意もどこ吹く风で、草十郎は虎挟みに手を伸ばす。
「……必要ないわ。わたしのものではないと言ったでしょう」
「そっか。なら回収しよう。もう锖びて动かないけど、犬の歯みたいで物騒だ。残しておくと梦に见そうだし」
よいしょ、と重い鉄の块を持ち上げる草十郎。
少年はそのまま木の阴まで歩いていくと、おかしなモノに虎挟みを放りこんだ。
「……静希君。そのリヤカー、どこにあったの?」
「どこって、町のお店だよ。
もしかしたらと思って买ってきて正解だった。ここのところ、どうしてか悪い予感だけはあたるんだ」
嬉しそうにリヤカーを移动させる、谜のボランティアマスター。
その笑颜を见て、この少年につっかかるのがどれだけ时间の无駄なのか、有珠はようやく悟った。
「………そう。话しかけたわたしが、どうかしていたわ」
少年に背を向けて、洋馆に足を向ける。
……まったく、青子の言うとおりだ。
余计な时间を使ったと反省しながら、有珠は彻底的に、あの少年は无视しようと自らに言い闻かせた。